外傷恐怖症【短編小説】

短編 小説 恐怖症シリーズ
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最高ランク : 17 , 更新: 2017/09/09 6:15:06


怪我をするのも、傷を見るのも怖かった。

この前の、犬派猫派の話。いつも通り、ボクはにこにこ話を聞いて、どちらかと云えば犬派かな、と答えたまでだった。

有紗ちゃんは太った飼い猫の話を楽しそうにしていたし、夏木ちゃんは口に手を当てて女の子らしく笑っている。上谷くんは黙ったままだったけど、時折、首を縦に動かし、相槌をうっているらしい。

でもボクは、そんな話を聞いているどころじゃない。太った飼い猫の話の前の、馬場くんの話。小さい頃に犬に吠えられて、転んだことがあるという話。

ボクの頭の中で、幼い馬場くんーーボクと馬場くんは同じ幼稚園、小学校じゃないから、顔は分からないがーーが歩く映像が流れ始める。

何か用事があって、道を歩く馬場くん。初めて通った道。そして、初めて曲がった曲がり角の先にはーー大きな犬。犬は、得体の知れない馬場くんに向かって吠える。そこに犬がいると思わなかった馬場くんは、驚いて転ぶ。

そこで映像は途切れた。ボクはふと我に返る。あの頃の馬場くんは、転んで、そのあとどうしたのだろう。痛かっただろうか。血は出たのだろうか。
想像すると、背中に、何やら冷たいものが伝った気がした。

「ゆーくん、大丈夫ー? 何かあったー?」

有紗ちゃんだ。ボクをゆーくんと呼ぶのは有紗ちゃんしかいない。ゆーくんは勿論、田辺優斗の「ゆうと」の「ゆー」なのだが、単純すぎる気もする。ボクは鳥肌のたった腕を擦りながら、こう答えた。

「……大丈夫、大丈夫」

ーーそんな話だ。
ボクはどうやら、外傷恐怖症というものらしい。怪我を負うことへの恐怖。先天性の恐怖症なのだろうか、ボクは本当に昔から怪我が嫌いだった。
今では、「怪我」や「傷」という言葉だけでもびくびくしてしまう。

今日の天気は雨。最近、台風がどうのこうので、雨が多い。ボクは秋の澄んだ空が好きだから、雨が続くのは寂しい。数学の授業をぼんやりと聞き流しながら、ボクは窓の外を眺める。湿度計は90%を越えていた。

晴れてさえいれば、雲の動きとか、体育の授業を受ける生徒の声とか、そんなものが見れて退屈しのぎにはなる。だが、こう雨ばかりではつまらない。ボクの心の中まで曇らせるつもりなのだろうか、雨は。

右斜め前の席の有紗ちゃんは、そんな憂鬱な天気でも気にしない。彼女に憂鬱という感情があるかさえも謎だ。どうせ分かりもしない問題なのにーー失礼だがーー「はいはーい!」とか云いながら手を挙げている。

でも、彼女のことは嫌いじゃない。むしろ、好意を持っている。高い位置のポニーテールが、ふわふわと揺れる。窓の外はつまらないから、ボクは有紗ちゃんの揺れる髪を見つめていた。

授業が終わり、十分休み。次は理科の授業で、理科室で行うらしい。急いで理科の教科書やノート、ペンケースを手に、理科室に向かう。人の邪魔にならないように、廊下の端を歩く。

ーーと、その瞬間。濡れていた床で足を滑らせ、ボクの上半身は前に投げ出された。湿度が上がり、水蒸気が水になっていたのだ。いつだったか、理科の授業で習った話。

ボクはもはや絶望を感じていた。転ぶ。どこかが痛くなる。とにかく怪我をすることは目に見えていた。怖い。怪我をするのも、それで人に迷惑をかけるのも。

怖くなって目を閉じた。床に体が近づく瞬間を見なければ、まだ症状が軽いかもしれない。というのは言い訳で、ただ本当に怖かっただけなのだ。

ーーふと、腕を掴まれる。

恐る恐る、目を開いた。後ろを振り返って誰かを確認する。腕を掴んでいたのは、上谷くんだった。

「あ、あの、その、僕……」

失語恐怖症、と云ったか。人と話すのが苦手な上谷くんは、口をぱくぱくさせていた。そんな彼に何かを無理やり話させるのは可哀想な気がした。

「ありがとう、上谷くん」

「あ、う、うん……」

上谷くんは、ボクよりも高い位置にある頭を、こくんこくんと上下に動かしていた。

「ゆーくん! 大丈夫だった?」

ポニーテールの彼女が手を振りながら走ってきた。そんなに走っては、今度は有紗ちゃんが怪我をしてしまう。それを見るのも怖いので、本当に走るのは止めてほしい。

「良かったぁ、マッキーが近くにいて。ゆーくんも、マッキーに感謝してねー!」

マッキーは、上谷くんーー上谷真樹くんに有紗ちゃんがつけたあだ名だ。しかし、そのあだ名を使うのも彼女だけだ。相変わらず、単純すぎる。

「ゆーくん、転ばなくて良かったね。本当に良かった! ゆーくん、外傷恐怖症だもんね」

「え、云ったっけ? それ」

「ううん。だって、この前とっしーが転んだ話したとき、鳥肌たってたから。そうなのかなぁって」

ニカッとまるで歯みがき粉のCMに出ている俳優のように歯を見せて笑う有紗ちゃん。驚いた。彼女は、あだ名は単純だが、あの頭でちゃんと考えているのだ。それにしても、よくあれだけでボクが外傷恐怖症だと気付いたものだ。あの会話を聞いていたはずの上谷くんも目を丸くしている。

「ほら、理科の授業遅れるよー! 早く行こーよ。ゆーくん、マッキー」

彼女は、本当に不思議な女の子だ。

***
前編➡http://ulog.u.nosv.org/item/yuzuhamburg231/1504797548
恐怖症シリーズ二回目。
今回は田辺優斗くんの話。
前回に比べて恐怖症の部分が少ないっていうか、恐怖症メインじゃなかったけど((

個人的に、優斗くんと有紗ちゃんには幸せになってほしい((

それと、登場人物の年齢ですが、高校生でも中学生でもいいかなぁと思ってるのですが、
どちらがいいですかね?まぁちゃんと決めないので、好きに想像して読んで下さい。

妃有栖


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