人でなしの恋【第二】

小説
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最高ランク : 12 , 更新: 2017/09/19 16:24:54

こう思うと皆さん、江戸川乱歩の『人でなしの恋』を連想させるのではないでしょうか。確かにこれは人でなしの恋そのものですが、残念ながら彼もまた私に恋をしていました。
これは自惚れでも幻想でもなんでもありません。
私も彼も十分お互いを思いあっていた筈。私達はどこを如何間違えてしまったのでしょう。

私が彼に違和感を覚えたのは同居し夫婦になってから一年ちょっと経った頃でした。

先程も言った通り彼には魅力の欠片もありませんが、魔力だけは、人を惑わす魔力だけは十分に備えていました。爽やかな好青年かと思えば時々真面目なそれこそ堅物親父のような顔をしたり行為の時に見せるあの男らしさ、猟奇的な目、そのどれもが彼の魔力によるものだと未だに私は信じて疑ってはおりません。
彼は度々夜中私に内緒で家を出てそこらを歩き、散歩帰りに必ず家の近くの川を覗き込んでは己の首を絞める癖がありました。勿論当時の狂った私はまだ首を絞める癖など知らずに唯散歩しているだけなのかと思っていました。それが、私達がこうなる災厄の元だったのかと今は思います。彼もまた、そう思っているのではないのでしょうか。

まあ死人に口なしとも言いますが。

最初の頃はまだ一週間に一度か二度ぐらいだったのですけれど段々その癖は止まることを知らず、一週間に何度も何度も夜中に家を抜け出しては川へ行き首を絞める。その行為を繰り返していました。
毎日夜中に起きるものですから次第に彼の目の下には真っ黒な痣のような隈ができ、食欲も落ちてすっかり痩せ細ってしまいました。もとからそれほど太っていたわけでもがたいがよかったわけでもなかったのでそれはそれはもう見ていられなくて、私は一度だけ彼に散歩を止めるよう説得を試みたことがありました。ですが、それは失敗。

できるわけがないので御座います。

その癖で彼が病むことも弱っていくこともなく寧ろ出会った時より恐ろしく元気になっているのですから、そんなことはお止めなさい。どうせ病気にかかって伏せるのが落ちですよ、等と論せないのです。論せるわけがないのです。だって、何をしている時より生き生きしているのですもの。彼の楽しみを奪うようなこと当時の私が出来る筈ないのです。
無趣味というわけではありませんでしたが、直彦は一般的な娯楽にあまり興味のない一風変わった人でしたのでそれと言って目立つ趣味らしいものはなくそれこそあの癖が出なかった時期は私との会話が一番の楽しみだと仰っていたぐらいでしたからもうなんの為の私なのか如何したら彼にも幸せを知ってもらえるのかで頭が一杯で一時期は自暴自棄にもなったものです。
そんな私の中の葛藤など知らず、直彦は毎晩毎晩それも段々と長い時り川に入り浸るようになっていたので悲しみやら陰鬱した気持ちなんかより私の心中を思ってくれないその態度が気にくわなくてそれこそ外に女でもいるんじゃないか、私に言えない秘密があるんじゃないか、なんなら人形にでも恋をしたんじゃないかと恨み妬みが溜まりに溜まりようやくその癖が出てから半年ほど経った時、私は真相を確かめてやろうと彼の跡をつけましました。
私達が住んでいたのはそこそこ都心の方で川が近くにある緑豊かな場所にでも街灯は等間隔に設置されていて行きも帰りもとても明るく、近くのコンビニエンスストアや飲み屋さんのネオンも眩しかったのですが、私もこう見えて女、慣れない夜道に今まで感じたことのない恐怖を覚え何度このまま家に帰って冷えた体を布団で温めようかと思ったか。それでも戻らずいつ気づかれるのか分からない、もし気づかれて嫌われたらなんて幽霊とはまた違う一種の恐怖心と戦えたのか今ではとても不思議です。

もう大分歩いた時でしょう。運が良かったのか悪かったのか彼は一度も私の方を振り返らず早足で川の方へ行ってその真っ黒な墨でも流したのではないかも思うほど夜空が反射した川の中をそれは熱心に覗き始めました。
しめた! 私はそのまま彼につかつかと早足で近づくとその勢いで彼の首めがけて腕を伸ばしました。

今でもその時の直彦の顔は忘れません。

飛びかかった時は驚いて二、三歩よろめきましたがそれもすぐもち直し私ににこりと笑いかけました。その笑顔はいつも見ていたあの綺麗で初々しく私の女の部分が守ってあげたいと思うような純粋なものではなく、今までの人生でまだ一回も見たことのない狂喜的な笑みでした。その薄い唇をニヤリと三日月のように歪ませ目には少しのハイライトもなくその日のもう二度と見ることは出来ぬであろう真っ暗な、それでいて深みのある夜空のような瞳の奥には同じく狂気的な私の歪んだ顔があったのをしっかりと覚えています。

己の首を鬼のような形相で絞める妻を見て彼はこう言ったのです。

「俺を愛しているか?」

と。
なんの冗談のつもりでしょう。この期に及んで愛しているかと私に問う彼は生き生きとしていて「俺は君を愛してはいない。恋してるんだ」と言ってそっと優しく割れ物を扱うような仕草で私の手に己の手を重ねそっと力を入れました。
なんという異様な光景なのでしょう。
恐ろしい形相で自分の夫の首を絞める妻とそんな妻に恋してると告白し己の首を一緒に絞める夫。なんという異様な光景なのでしょう。
私が彼の問いにようやく答えられた時にはもう生前の彼の面影はどこにもなく、唯少し恥ずかしそうに笑いながら息絶えた元夫が私の手の中にあったのです。

夫を愛していた私と妻に恋をしていた直彦。私達の間にはしっかりとした溝がいつの間にやらできていました。そして今、私は直彦に恋をしております。

二代目北斎


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本当に繊細で綺麗な心理描写で…毎度毎度尊敬します((語彙力乏しい
おまけに背景描写まで美しくて…もう何と云えば善いのやら…!
内容が面白く、続きが気になってどんどん読み進めてしまいました。直彦の癖にも驚きですし、衝撃的な結末でした。
駄目押しの最後の一文も好きです。
私もこんなのが書けたらなぁ…


y725395uri
2017/09/19 17:58:04 違反報告 リンク


駄目押しだとバレてしまいましたか。(`ω´)
まだまだ語彙力に乏しい私ですが、ここまで言われると調子に乗ってしまいますね!
おべっかだろうが嬉しいです。有り難う御座います。


二代目北斎
2017/09/19 18:05:30 違反報告 リンク


おべっかなんかじゃないですよ!!!
本当に心理描写、背景描写共に尊敬します!


y725395uri
2017/09/19 18:08:40 違反報告 リンク


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